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親切の限界

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人は誰でも少しくらいは、「いい人」でいたいと思っているのではないだろうか。

困っている人がいれば助けてあげたり、親切にしたりしてあげたいという気持ち、あるよね。それは偽善とかではなくて、打算も特になくて、ただ正直な思いとして。

でも、その気持ちにも限界があるんじゃないかというお話を書いてみたいと思います。

 

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先日、車に乗っていたんだけど、信号で止まった時に、反対車線の向こう側に、おばあちゃんが見えた。少し苦しそうで、ガードレールにつかまっていて、歩けない感じだった。

 

助けに行こうか、と思ったけど、信号も変わりそうだし、降りておばあちゃんのところに行くと、後ろの車にも迷惑がかかるし、とか思っているうちに信号が変わってしまった。

 

信号の先頭にいた僕の車は、走り出すしかなかった。おばあちゃんのことは気になったけど、そのまま仕事に向かったのです。

 

その日は1日、ふとした時にそのことを思いました。

 

助けるか、助けないか、きっとあのおばあちゃんが、僕ができる親切の限界ラインだったんじゃないかと思う。多分、親切には手が出せる範囲に限界ラインがあって、そこを超えると手が出せない。例えば、どんなに親切な人でも、世の中のすべての困っている人を助けることなんてできないよね。

 

アフリカで今日もたくさんの子供が餓死している。それは知っているけれど助けることはできない。多くの人は、見て見ぬふりをしている。その子たちを助けることは、限界を超えた部分だからだ。目の前の、手が届く範囲でしか親切はできなくて、じゃあ、助けるか、助けないかの限界ラインぎりぎりが、僕にとってはあのおばあちゃんだったのだと思えた。


自分の限界ラインが、意外に狭かったことに失望。


でも、あのおばあちゃんが知っている人だったら、きっと助けただろうとも思う。
自分の親とか、近所の人だったりしたらなりふり構わず助けたのだろう。

ああ、僕が親切にできるのはこの程度なのか、と少し自分に失望した出来事でした。

 

今までの人生で、たくさんの人に迷惑をかけて生きてきた自分が、これから少しずつでも誰かのためになることができたらと、そんな風に思います。

限界はあるけれど、その限界も少しずつ広げながら、恩返しできるように生きていきたいと思うのです。

 

今日も最後まで読んでくれて、ありがとうございました。